ワザリング・ハイツ ~本館~

Something childish, but very natural.

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』を読む

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嵐が丘』(Wuthering Heights)である。かなり長いあいだ距離を置いてきた小説であり、いまだ読むたびに首をかしげる小説であり、私をブロンテの沼にひき込んだ運命の一作でもある。これがおもしろいかと問われれば、いやそれはどうだろうか……と思わず答をためらってしまう。ではなにが魅力かと言われても、やはり言葉に窮するだろう。淵源の知れない力強さに押流されるように私はこの小説を読み、そして今ここにいる。私が文学とここまで長く付きあうことになったのは、ほかでもない、エミリー・ブロンテのおかげなのである。

嵐が丘』は実に不思議な小説である。物語とまったく関係のない旅人ロックウッドを介し、ネリーが嵐が丘の屋敷にまつわる物語を語り、それが過去と現在を往ったり来たりしながら、また別の人間の独白も挟みながら、息もつかせぬ勢いで物語が進んでゆく。また作中人物がみな自然をあらわす形容詞によって修飾されていたり、ヒースクリフの空白の数年間があったり、語り手のネリーが意図的に情報を後出ししたり、ヒースクリフとキャサリンエドガーの三角関係が子孫の代で反復されたりと、奇妙に入組んだ仕掛けの多い小説でもある。こういった点をつじつま合わせのように読みとこうとして、それらしく推理する分析批評が流行ったが、一方が成立てばもう一方が成立たないというように、とにかく矛盾する箇所が多すぎたのである。のちにくわしくとりあげるが、これは『嵐が丘』を考えるうえでとても重要な秘鑰である。これまで多くのひとが『嵐が丘』の謎に挑み、破れ、ふたたび挑み、長い時間をかけて作品を愛読してきた。古典文学に親しくなくても『嵐が丘』やブロンテの名を知るひとはいまだに多い。

私はエミリーをロマン派的な詩人として読んできた。むきだしの自然に対する偏愛、抒情的な頓呼法、熱に浮かされた告白、魂の合一、そういった表現はどれもロマン派的傾向を劇化したある種の終着点であると思われた。事実、エミリーを研究する者はみな、彼女を「うつろう世界の静止点」(Jeffrey Eugenides, The Virgin Suicides)であるかのように見なし、あらゆる文学の水脈が彼女にあると考えた。20世紀初頭からはじまる再読・再評価の運動は、起こるべくして起こったものと言えるのではないか。また『嵐が丘』の再評価において文学理論の果たした役割は非常に大きい。たとえば川口喬一の『『嵐が丘』を読む』は、その功績を魅力的に紹介した書のひとつである。

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『「嵐が丘」を読む』は文学理論を援用した多角的な分析が光る。

新潮社の田中西二郎訳は名訳。

博士三年のときに書きかけてやめた論文を見ると「対立の崩壊」という言葉を使って『嵐が丘』をはかろうとしていた。この頃からすでにポスト構造主義的な「矛盾的同一」の考え方に思い至り、まだ西田幾多郎を知らない私は、イーグルトンやヒリス・ミラーの著名な『嵐が丘』論にその手掛かりを求め、見事に頓挫したらしかった。方向性はよかったな、と今の私は思う。なぜなら「矛盾的同一」という主題はのちに私が文学を切拓くうえでとても大事なものだったからだ。もちろんこれは私の文学においての話である。

エミリーの人物造形はひどく奔放であり、ヒースクリフもキャサリンもかなりとらえがたい人物である。ドストエフスキーディケンズの書く人物のように、分類を拒むような、いわゆるcharacterisationやparticularisationを拒む、つぎはぎの人物に映る。彼らのような作中人物を前にして、その行動原理や気質に一定の枠組を与えることに、どれだけの意味があるだろうか。あるいはこう考えるべきかもしれない――これまで長年のあいだそういった研究が重ねられてきたからこそ、ヒースクリフやキャサリンのモデル化に意味を見出せないと気づいたのだと。彼らの矛盾は私たちの矛盾を映しだしているにすぎない。本来的に私たちは自身のうちに矛盾を抱えこんだまま生きているが、彼らはそれを自己の立脚点として大切に守り、そこに自らの魂があるのだと叫びつづける。
「(ヒースクリフは)あたし以上にほんとうのあたしなのだから」という言葉や「自分以上の『自分の生命』がある、またはあらねばならぬ」といった言葉は、円熟期のエミリーが達した自他を同一視する思想でもあった。

I am Heathcliff — he's always, always in my mind — not as a pleasure, any more than I am always a pleasure to myself — but, as my own being... .

 

あたしはヒースクリフです! あの子はいつも――あたしの心のなかにいる。あたし自身があたしにとってかならずしもつねに喜びではないのと同じことで、あの子も喜びとしてでなく、あたし自身として、あたしの心に住んでいるのです。(田中西二郎訳)*下線部は原典では傍点。

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嵐が丘」のモデルと言われるハワースのトップ・ウィゼンズ(Top Withens)。

自らの存在は相手のうちに含まれており、相手の存在もまた自らのうちに含まれうる。これはエミリーの最も有名な詩のひとつ"No coward soul is mine"にあらわれる考え方でもある。「わたしの胸の内なる「神」」と自己のうちに絶対者を見て、「あなたがひとり あとに残れば/「あらゆる存在」は あなたのなかに存在する」と絶対者のなかに自己を見る。エミリーにとって自己と他者は互いに互いを包みこむ“一”と言えるものであり、自己と他者は矛盾的同一をなすのである。このような魂の同一化は文字通り彼らの存在の根拠となるべきものであり、ふたりの魂の到達点と言うよりもむしろ立脚点であった。この矛盾こそ『嵐が丘』の本質である。

ヒリス・ミラーは本作について、矛盾に満ちた性質ゆえ、あらゆる読みは別の角度から否定されうる、と書いた。嵐が丘とスラッシュクロスが対偶関係にあることから、アーンショー家とリントン家を二項対立で考える読みが一般的となったが、ミラーの指摘通り、実はこの対偶関係は容易にうち崩すことができる。むしろ二分化することを拒むような、あらゆる要素が互いに流れこむ混濁した無秩序こそ、『嵐が丘』を支配する力の淵源なのである。本作を読んだ際に私たちの陥る困惑は、画一化された価値が不断に否定される、矛盾した世界のありさまに驚くことからくる。しかし、たとえば『フランケンシュタイン』の回『ペスト』の回でも書いたように、これが自然な世のありさまであり、私たちは知らず知らずのうちに矛盾を矛盾のままひき受けて生きている。『嵐が丘』の世界はまさに私たちの生きる世界そのものだと言える。

<Works Cited>

Brontë, Emily. Wuthering Heights (1847). NY: Oxford UP, 2009.

田中西二郎訳『嵐が丘』(世界文学全集15)新潮社、1961年

 
●付記

嵐が丘』を読んでいた当時の情景を思いだす。大学の大教室のうしろの席で、哲学の授業をまったく聞かずにこの小説を読みふけった。それからのち、私はこの小説を二度、かなり真剣に読みなおした。一度は修論の前、そしてもう一度は博士一年の時。多くのノートが残り、原書も翻訳もよれよれで、頁には線や書込みが多く残っている。しかしそれだけ読んだあとで、私はこの作品を手放してしまった。それ以降あまり手をつけることがなく、このたび久方ぶりに頁をめくったような気がする。

嵐が丘』が再読に値するかどうか、正直なところ私にはなんとも言えない。この小説については幾多の読みが可能であるものの、だからと言って、たとえば『フランケンシュタイン』のように諸手を挙げて賞讃する作品でもない。エミリーであればむしろ詩こそすばらしい。小説はあくまで詩の副産物だと言ってよい。しかしそれとは別に、本作がこれほど長く読みつがれてきた事実、またあらゆる視座から読まれつづけてきた事実、このふたつの事実を考えることには大きな意味があるのではないか。それは英文学史全体をとらえるうえで、欠かすことのできない試みであるように思う。

⇒『エミリー・ブロンテ全詩集』を読む - ワザリング・ハイツ ~本館~