ワザリング・ハイツ ~本館~

Something childish, but very natural.

小説

山尾悠子『夢の遠近法』を読む

私が山尾悠子の『ラピスラズリ』を手にとったとき、彼女の著作はまだそれしか文庫化されておらず、ほかの作品は絶版となって手に入れるのが難しかった。それから徐々に時間をかけて山尾の作品は復刻され、amazonの紹介作品としても頻繁に眼にするようになっ…

ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』を読む

池澤夏樹が編んだ世界文学全集にも収録されている一冊。英訳で読んで以来、実に八年前ぶりの再読。以前はこれをどう扱ったらいいのかがよくわからなかったが、このたび丁寧に読みなおしてみると、なるほど、これはすごい小説である。しかしクンデラの出して…

ビオイ=カサーレス『モレルの発明』を読む

あのボルヘスが序文を寄せ「これは完璧な小説である」と書いたにもかかわらず、あまり広く読まれているとは言えない埋もれた傑作である。実は私もほんの最近存在を知ったばかりで、買ってみたら訳者がなんと清水徹で驚いたという情けないていたらく。日本で…

イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』を読む

カルヴィーノと出逢ったのは大学院の文学理論についての授業であった。ポストモダンをテーマに掲げ、様々な文学理論がポストモダンから逆探知されてゆく授業の後半、具体的なポストモダン作品を読んでいこうと、5、6冊の小説をみなで読んでいった記憶がある…

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』を読む

『嵐が丘』(Wuthering Heights)である。かなり長いあいだ距離を置いてきた小説であり、いまだ読むたびに首をかしげる小説であり、私をブロンテの沼にひき込んだ運命の一作でもある。これがおもしろいかと問われれば、いやそれはどうだろうか……と思わず答を…

アルベール・カミュ『異邦人』を読む

「異邦人」と打って最初に出てくる予測変換(google)は「カミュ」ではなく「歌詞」である。言うまでもなく久保田早紀の名曲「異邦人」である。歌詞には「あなたにとって私/ただの通りすがり/ちょっとふり向いてみただけの/異邦人」とある。「異邦人」に…

名刺代わりの小説10選

Twitterのハッシュタグで「#名刺代わりの小説10選」というちょうどよいものがあったので拝借。文学作品ではなく小説、となっているところがやや残念だが、10冊と言われて挙げるとこうなるのか、とリストを自分で見て妙に納得してしまった。前置きはこのくら…

柳美里『ゴールドラッシュ』を読む

酒鬼薔薇事件のことはよく覚えているし、この時代のダウナーな空気を吸って生きてきた私としては、ここに描かれた世の中はわりと身近なものであったと言える。キレるという言葉が毎日のように報道で踊り、バタフライナイフが流行し、援助交際が話題となり、…

シュペルヴィエル『海に住む少女』を読む

フランスの映画監督ジャン・リュック・ゴダールは、南アメリカの幻想的な印象をもたらす作品として、シュペルヴィエルの作品はとりわけ重要であると述べたらしい。日本で文庫本が二冊手に入るにもかかわらず、日本語でも英語でも情報はとても少なく、非常に…

メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』を読む

メアリー・シェリーとの出逢いは、精確に言えば『フランケンシュタイン』との出逢いは、今から10年ほど前にさかのぼる。英語で古典を読切るのは今もなお苦痛であり、信じられない苦労を伴うものだけれども、この作品だけはまったく苦にならなかった。毎週課…

アンナ・カヴァン『氷』を読む

アンナ・カヴァンがヘロインと共存した女性だというのは有名な話である。毎日決まった時間に一回、自分でヘロインを注射する。中毒者にはちがいないが、彼女は薬と共存していると医者は言い、治療よりも現状維持を勧めたというのだから驚きである。 The Guar…

アルベール・カミュ『ペスト』を読む

現在の世の中を見てカミュの『ペスト』が思いだされたと実に多くのひとが語る。たしかに原因不明のコロナウイルスが次々と無差別に人間をとらえ、身体や心、思考、生活を喰いあらしてしまうさまは『ペスト』に描かれた通りであり、また医療関係者の心のうち…

村上春樹『ノルウェイの森』を読む

だれにでも特別な一冊というものはあるだろうし、それは決して世の時流や年月の影響を受けず、いつまでも特別でありつづけるものだ。私にとっては『ノルウェイの森』がそのような小説である。二十歳当時の心のさざめきと時代の空気がこの作品を読むと今でも…

円城塔『道化師の蝶』を読む

数理分野の研究者でもあった円城は、論文に書けなかったものを小説として膨らませて作品を書くのだという。確かに彼の冗長な文章を追いかけていると、ある事象についての円城自身の仮説を読んでいるかのような印象を抱く。「松ノ枝の記」では、自分の思考を…

ポール・オースター『鍵のかかった部屋』を読む

ニューヨーク三部作の三作目『鍵のかかった部屋』は、三作のうちで最も内省的な物語だと言ってよい。語り手の幼なじみファンショーをめぐる物語は、語り手自身を徹底的に舞台袖へと追いやり、なんの魅力のかけらもない人間として描きだす。語り手には名前す…

メアリー・シェリー「マチルダ」を読む

私のなかでの英文学史上最高傑作『フランケンシュタイン』を生みだしたメアリー・シェリーが描く、こてこてのロマン派小説。父と娘の近親相姦“的な”感情と、自殺を主題として扱った短篇小説である。これが非常によかった。 自殺の主題について、まずはゲーテ…

ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』を読む

『わたしのいるところ』は日本語で読み、その後In Other Wordsを英語で読んだ。とても平易な英語で書く作家だとわかり、『わたしのいるところ』のような作品であれば、その効果はこんなふうにうまくあらわれるのか、と興味深く感じた。静かな孤独を描きだし…

フェルナンド・ペソア『不穏の書』を読む

この次に、プラタ街から、ドウラドーレス街から、ファンケイロス街から消えてなくなるのは、この私だろう。明日、この私が。――感じ、考えているこの魂が。自分にとってこの宇宙すべてであるこの私が。――そうだ、明日これらの街並を通りすぎるのを止めるのは…

多和田葉子『飛魂』を読む

多和田の文学について書いたのはもう五年近くも前になるが、そのときに指摘したのは、言葉のもつ不確かな性質、あいまいさについてであった。それはたとえば、「つくえ」という物体をあらわすとき、「机」と「desk」のどちらの方が“より「つくえ」らしいか”…

吉本ばなな『キッチン』を読む

大学生の時なのでもう13年も前のことである。いまでもよく覚えているのは、大学近くの、いまはもうなくなってしまったカフェでひとり「キッチン2 満月」の一節を紙に書き写したことである。それを財布のなかに大事にしまって、数年のあいだもち歩いていた。…

谷崎潤一郎『吉野葛・蘆刈』を読む

抱きあわせの小品として岩波文庫に収録された両作は、同じ「奥」の秘密に分入る昔語りの物語である。和辻哲郎の記事でとりあげたように、「奥」というのは日本文化において特異な意義をもち、つねに位相の高い場所として表現されてきた。奥の間、奥座敷とい…

松浦寿輝『幽』を読む

本屋で偶然見つけた作家である。こんな美しい文章を書く作家がいたのか。東大の研究者でもあり、非常におもしろい著作を多く生みだしているひとでもある。『折口信夫論』や『口唇論』といったすぐれた論考では、作家の卓越した言語感覚も然ることながら、非…

夢野久作を読む

『ドグラ・マグラ』だけでなく、「瓶詰の地獄」や「死後の恋」もまた、自己の基盤が足元から崩れさるような物語であった。夢野久作はそれを“生来の運命”に紐づけて語り、多くの作品で家や出生の問題を中心に据える。『ドグラ・マグラ』の面白いところは、ほ…

唐辺葉介『死体泥棒』を読む

小説として出版されている瀬戸口(唐辺)作品のうちで最もよい作品だと思う。彼の物語は総じて同じ主題を追求したものなのだと改めて感じる。個人的には、小手先だけでいろんな主題を書き分ける作家が大嫌いなので、血を流しながら同じ主題を何度も何度も書…

橋本紡『半分の月がのぼる空』を読む 続

文春文庫版には収録されていない、完結編とも言える挿話を収録した、電撃文庫版『半分の月がのぼる空 6』のレビュー。いろいろな局面で立ちどまっていたひとたちが、もう一度走りはじめるまでを追いかけた本巻も、相変わらずすばらしい仕上がりとなっている…

川端康成『眠れる美女』を読む

川端康成は日本ではじめてノーベル文学賞を受賞した作家であった。そのこと自体は誰でも知っているだろうが、こんなに気持ちの悪いことばかり書く作家が、日本の文学を象徴すると国外で認められた事実に自覚的であるひとは少ないのではないだろうか。私はと…

橋本紡『半分の月がのぼる空』を読む

私は不治の病ものに弱いので「くるぞ、くるぞ・・・・・・ほらきたー」みたいな展開できちんと泣ける訓練された読者である。不治の病ものは大きな主題が明確に決まっているので、その単純明快な主題をどれほど奥深いものにできるかは作家の器量にかかっており、二…

多和田葉子 「ゴットハルト鉄道」を読む

多和田葉子がすごい作家だというのは経歴を見ても一目瞭然だが、彼女の作品をいったいどのように読もうか?と考えた時、ようやく彼女の本当の魅力が理解できたような気がする。これはあくまで個人的な体験だけれども。いずれにせよ、国内での評価も然ること…