ワザリング・ハイツ ~本館~

Something childish, but very natural.

文学

『キャスリーン・レイン詩選集』を読む

Who am I, whoSpeaks from the dust,Who looks from the clay? Who hearsFor the mute stone,For fragile water feelsWith finger and bone? ("Self") 私はだれなのだろう、こうして 塵から語り、 土から見るこの私は? 沈黙する石に代わって、 はかない水に…

ボリス・パステルナーク『晴れようとき』を読む

薔薇の息遣い はっかの呼吸牧草地 すげ 草刈り遠い雷鳴のとどろきをわたしは詩の中にもたらしたい(「すべてにおいて・・・・・・」) パステルナークを読もうと思ったのは何年も前のことで、いつか読もういつか読もうと思い、いったい何年経ってしまったことか。…

ヴァージニア・ウルフ『燈台へ』を読む

19歳の私をとらえ、その後を大きく左右した一作は、ヴァージニア・ウルフの『燈台へ』である。フランス文学と英文学のどちらの道に進むか悩んでいたおり、ふと手にとったこの小説を読んで、私は英文学の道へ進んだ。特別な理由があったわけではなく、もちろ…

アンリ・ミショー『精神の大試煉』を読む

ミショーにメスカリンの使用を勧めたのはかのジャン・ポーランであったらしい。最近『O嬢の物語』について書いたところだったので、偶然の符合に驚き、奇妙なめぐり合わせを感じた。なにはともあれアンリ・ミショーである。『精神の大試煉』は、ミショーが…

ル・クレジオ『物質的恍惚』を読む

アンリ・ミショーで卒論を書いた、というところからすでに私の心を摑んではなさなかった作家である。おそるおそる手にとった作品が『物質的恍惚』で本当によかったと今でも思う。英語で書いたものが出版に至らなかったことから、フランス語で小説を書き、華…

山尾悠子『夢の遠近法』を読む

私が山尾悠子の『ラピスラズリ』を手にとったとき、彼女の著作はまだそれしか文庫化されておらず、ほかの作品は絶版となって手に入れるのが難しかった。それから徐々に時間をかけて山尾の作品は復刻され、amazonの紹介作品としても頻繁に眼にするようになっ…

ウィリアム・ブレイク『無垢・経験の唄』を読む

大学生のときに仲のよかった仏文科の友人が、誕生日プレゼントとしてPenguin版William Blake: Selected Poemsをくれた。とてもうれしかったのだけれど、結局私はそれをまともに読むことなく――すんなりと読めるほどやさしい英語ではなかった――棚にしまい、そ…

フランツ・カフカ『審判』を読む

「カフカは、作家たちのなかでも、おそらくいちばんずるい作家だろう」と書いたのはジョルジュ・バタイユであった。カフカを焚書にすべきか、共産主義者のあいだで議論になったというのは私も知らなかったのだが、カフカの文学自体があいまいで摑みどころの…

アルフレッド・テニスン『イノック・アーデン』を読む

荻窪の一角で朗読を聞いた夜のことは今でもよく覚えている。公開朗読の台本用に訳した『イノック・アーデン』は、鬼気迫る朗読者の演技に力を吹込まれて、美しく感動的な響きを伴ったものとなった。あの晩に朗読を聞けたのは本当に幸運だったと思う。その後…

ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』を読む

池澤夏樹が編んだ世界文学全集にも収録されている一冊。英訳で読んで以来、実に八年前ぶりの再読。以前はこれをどう扱ったらいいのかがよくわからなかったが、このたび丁寧に読みなおしてみると、なるほど、これはすごい小説である。しかしクンデラの出して…

ビオイ=カサーレス『モレルの発明』を読む

あのボルヘスが序文を寄せ「これは完璧な小説である」と書いたにもかかわらず、あまり広く読まれているとは言えない埋もれた傑作である。実は私もほんの最近存在を知ったばかりで、買ってみたら訳者がなんと清水徹で驚いたという情けないていたらく。日本で…

パウル・ツェラン『閾から閾へ』を読む

東日本大震災から一年、と銘打って『パウル・ツェラン詩文集』が刊行されたと知り、戦争という体験をこのように転換してとらえたりするのか、と驚いた。今の日本で戦争や内紛、テロといった非情な事象を理解しようとするならば、それは人間を無慈悲に絶望の…

伊良子清白『孔雀船』を読む

ジョージ・オーウェル学会の会長さんと飲んだときに、伊良子清白はいいよ、あれは本当にいい、と言われ、読んでみたらすぐにその理由がわかった。たとえば西洋の詩は、形式に支配された伝統の上に詩が築きあげられてきた背景があり、それはそれでとても美し…

イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』を読む

カルヴィーノと出逢ったのは大学院の文学理論についての授業であった。ポストモダンをテーマに掲げ、様々な文学理論がポストモダンから逆探知されてゆく授業の後半、具体的なポストモダン作品を読んでいこうと、5、6冊の小説をみなで読んでいった記憶がある…

エミリー・ブロンテ『嵐が丘』を読む

『嵐が丘』(Wuthering Heights)である。かなり長いあいだ距離を置いてきた小説であり、いまだ読むたびに首をかしげる小説であり、私をブロンテの沼にひき込んだ運命の一作でもある。これがおもしろいかと問われれば、いやそれはどうだろうか……と思わず答を…

『エミリー・ブロンテ全詩集』を読む

ブロンテ家の住んだ村ハワースは、リーズから電車で20分ほどのキースリー駅から、さらに20分ほどバスで丘をのぼった先にある。この場所を訪れるために私はリーズという町を留学地に選んだのだが、広大なハワースの荒野は想像以上で、丘と丘とが眼の前で互い…

『ウンガレッティ全詩集』を読む

けれどもあなたの民衆も ぼくのことも生み落としたのは 同じ土地 イタリアだ そしてあなたの兵隊と 同じ服を着て ぼくは休んでいる まるで父親の 揺り籠にいるみたいに(「イタリア」) 『ウンガレッティ全詩集』が岩波文庫から出るという夢のような出来事が…

多和田葉子を読む

多和田文学を考えるうえで、非常に参考になるよい記事がいくつか見つかった。あとで参照する意味も込めてここに残しておきたい。 urotado.hatenablog.com www.newsdigest.de magazine-k.jp www.nikkeyshimbun.jp lithub.com ⇒多和田葉子『飛魂』を読む - ワ…

イルマ・ラクーザ『ラングザマー』を読む

ゆっくりと生きるための本であり、ゆっくりと生きる場面に本と文学の風景を見た、ラクーザの洞察が光る名著である。本のための本と言えば思いつくのは、『ヘッセの読書術』であったり、『時間のかかる読書』、『冬の夜ひとりの旅人が』、松岡正剛の著作くら…

アルベール・カミュ『異邦人』を読む

「異邦人」と打って最初に出てくる予測変換(google)は「カミュ」ではなく「歌詞」である。言うまでもなく久保田早紀の名曲「異邦人」である。歌詞には「あなたにとって私/ただの通りすがり/ちょっとふり向いてみただけの/異邦人」とある。「異邦人」に…

アルベール・カミュ『シーシュポスの神話』を読む

哲学を学ぶにはどうしたらよいかを考え、結局それらしい手掛かりを摑みはじめたのは『シーシュポスの神話』を読み終えてから8年以上経った20代の終わり頃であった。そこで木村敏の精神病理学に出逢い、西田幾多郎の哲学を敷衍した現存在分析を学び、それを物…

名刺代わりの小説10選

Twitterのハッシュタグで「#名刺代わりの小説10選」というちょうどよいものがあったので拝借。文学作品ではなく小説、となっているところがやや残念だが、10冊と言われて挙げるとこうなるのか、とリストを自分で見て妙に納得してしまった。前置きはこのくら…

柳美里『ゴールドラッシュ』を読む

酒鬼薔薇事件のことはよく覚えているし、この時代のダウナーな空気を吸って生きてきた私としては、ここに描かれた世の中はわりと身近なものであったと言える。キレるという言葉が毎日のように報道で踊り、バタフライナイフが流行し、援助交際が話題となり、…

シュペルヴィエル『海に住む少女』を読む

フランスの映画監督ジャン・リュック・ゴダールは、南アメリカの幻想的な印象をもたらす作品として、シュペルヴィエルの作品はとりわけ重要であると述べたらしい。日本で文庫本が二冊手に入るにもかかわらず、日本語でも英語でも情報はとても少なく、非常に…

メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』を読む

メアリー・シェリーとの出逢いは、精確に言えば『フランケンシュタイン』との出逢いは、今から10年ほど前にさかのぼる。英語で古典を読切るのは今もなお苦痛であり、信じられない苦労を伴うものだけれども、この作品だけはまったく苦にならなかった。毎週課…

アンナ・カヴァン『氷』を読む

アンナ・カヴァンがヘロインと共存した女性だというのは有名な話である。毎日決まった時間に一回、自分でヘロインを注射する。中毒者にはちがいないが、彼女は薬と共存していると医者は言い、治療よりも現状維持を勧めたというのだから驚きである。 The Guar…

アルベール・カミュ『ペスト』を読む

現在の世の中を見てカミュの『ペスト』が思いだされたと実に多くのひとが語る。たしかに原因不明のコロナウイルスが次々と無差別に人間をとらえ、身体や心、思考、生活を喰いあらしてしまうさまは『ペスト』に描かれた通りであり、また医療関係者の心のうち…

村上春樹『ノルウェイの森』を読む

だれにでも特別な一冊というものはあるだろうし、それは決して世の時流や年月の影響を受けず、いつまでも特別でありつづけるものだ。私にとっては『ノルウェイの森』がそのような小説である。二十歳当時の心のさざめきと時代の空気がこの作品を読むと今でも…

円城塔『道化師の蝶』を読む

数理分野の研究者でもあった円城は、論文に書けなかったものを小説として膨らませて作品を書くのだという。確かに彼の冗長な文章を追いかけていると、ある事象についての円城自身の仮説を読んでいるかのような印象を抱く。「松ノ枝の記」では、自分の思考を…

ポール・オースター『鍵のかかった部屋』を読む

ニューヨーク三部作の三作目『鍵のかかった部屋』は、三作のうちで最も内省的な物語だと言ってよい。語り手の幼なじみファンショーをめぐる物語は、語り手自身を徹底的に舞台袖へと追いやり、なんの魅力のかけらもない人間として描きだす。語り手には名前す…