ワザリング・ハイツ ~本館~

Something childish, but very natural.

オギュスタン・ベルク『風土の日本』を読む

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ベルクは本書の冒頭で「風土」がフランス語で“milieu”とあらわされることにふれているが、本書の主題はまさにこの一語に集約されると言ってよいのではないか。風土・環境がひとをつくり、またひとが風土・環境をつくる一体不二の関係、そして“milieu”とは「中間」を意味し、日本の文化が“あいだ”に支配された文化であること――なにかとなにかのあいだに開かれる関係もまた、媒介者を挟んで別の関係とのあいだに関係を構築しながら展開するということを、ベルクは日本の自然や社会全体の特徴をたどりながら論じてゆく。「風土もまたそれ自体、関係にほかならない」のであり、これはまた自己についてもーーキルケゴールの言う通り*1ーー同じであり、すべては“あいだ”に開かれた関係からはじまるのである*2

このようなあいだに開かれた“場所”そのものもまた、我々の文化においては非常に重要なものと考えられてきた。境界とは、ふたつの事物を分かつ隔たりでありながらも、両者を有機的に結びつける媒介でもある。たとえば日本家屋について考えるならば、門や玄関、たたき、あるいは縁側といったものは、家の内と外とを明確に隔てるものでありながら、内でも外でもない、いわゆる“敷居”としてしつらえてある。翻ってみるならば、内と外という区別は敷居があってこそ成立つものであり、敷居がなければ内も外も存在しえない。ベルクはここに日本の文化の淵源を見出した。

日本家屋は、周囲の一ないし数面を縁取る「縁側」や、地面の高さの「玄関」や、「軒」などで、内部と外部の間の境界領域をしつらえている。このような領域には「縁」という観念がつきまとうが、この言葉がさまざまな意味で頻繁に用いられることは、日本の社会があらゆる分野において、仲介ということを、またその動作主体となる象徴的第三者を、きわめて重視していることを明らかにしている*3

敷居という“あいだ”をいかに捉えるのかがそのまま日本文化を捉えることにもなろう。興味深い“あいだ”の例としてベルクはさらに神社を挙げている。神社は神的なものと人間とをつなぐ媒体であり、鎮守の森に囲われた、やはりこれも敷居としての役割を果たすものである。また、依代や神体も同じように神のいれもの、触媒でありながら信仰の対象ともなり、ここからはあいだ自体が神聖視されてきた我々の文化の背景が窺える。

神と人間をとりもつものが神聖化されてきた歴史として、ベルクはほかにも、非現実的な聖域を現実世界に運びこむ「神輿」などを挙げている。先述の依代や神体も然り、ほかにも、砂浜を模して白石を敷きつめた神社など(三重の花の窟神社など)は、海の向こうを神域と捉えそれを山中にうつしたもので、これもやはり神聖の換喩表現として見るべきであろう。このような聖域の置換えも日本文化の特徴であり、それが文学として古くから生きていた歴史もベルクは余すことなく拾いあげてくれる。和歌の本歌取りや歌枕などの技巧は、作者と読者とのあいだに共通認識を成立させる“表現の敷居”であったと考えられよう*4

この共通認識を中村雄二郎は「共通感覚」と呼び、私たちの“語らない文化”(reticenceという空気を読む文化)を色濃くふちどってみせた。私と他者を結ぶ「あいだ」とは、言いかえるならば共通感覚である。私たちはこのように他者と共有する「あいだ」を第一義的なものとするゆえ、ときおり共同体の意志が個人の意志より優先される事態が起こりうる。これは共同体の一部である個人が共同体そのものを表象してしまう、個人と共同体とが同一化する慣習から生まれ出たものである。西田幾多郎が主客未分と呼んだもの、あるいは時枝誠記が述語論理として捉えたこの事態は、もともとはひとつの集団に属す区別なき個の集まりが、行動や事象によって個人として切りだされてゆく、その淵源に隠されたものであった。こうした主題は、和辻哲郎が論じた「うちとそと」の議論の端緒となる、個人が集団を表象する日本の不思議を俎上に載せる。それについては以前に別の場所で述べたのでくり返さずにおきたい*5

*1:「自己とは、ひとつの関係、その関係それ自身に関係する関係である。あるいは、その関係において、その関係がそれ自身に関係するということ、そのことである。」(キルケゴール『死にいたる病』桝田啓三郎訳、ちくま学芸文庫、2016)

*2:オギュスタン・ベルク『風土の日本ーー自然と文化の通態』ちくま学芸文庫、1992年、197頁

*3:ベルク、同掲書、342頁

*4:ベルク、同掲書、292頁

*5:これについては以前の記事「和辻哲郎『風土』を読む」を参照のこと