ワザリング・ハイツ ~本館~

Something childish, but very natural.

谷崎潤一郎『吉野葛・蘆刈』を読む

谷崎潤一郎吉野葛蘆刈』についての記事を本館に移しました。

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吉野川沿いを奥へ奥へと進みながら津村の内省もまた深く淵源へと向かうのであるが、次第にあきらかになってゆく彼の家の歴史、旅の目的といったものは物語の奥の奥に徹底して隠されており、吉野という土地の伝承や史実を紐解くにつれて、津村をめぐる物語もあきらかにされてゆくのである。そしてまた、ふたりの歩みを追うようにして、読者は様々な物語の連なりを越えてゆくことになる――自天皇の伝説に歌舞伎の『妹背山婦女庭訓』、謡曲二人静」、地唄の「狐噲」や「義経千本桜」といった吉野ゆかりの物語が次々と本筋に流れこむ。伝承によって吉野という場所を特別な磁場として特徴づけ、さらに津村の母と響きあう「母―狐―美女―恋人」を主題にとった謡曲地唄をひき、物語の核心を深く味わうための下地が織られる。そして後半部に至り、ようやく読者は津村自身の物語にたどりつくのである。『吉野葛』は多彩な歴史物語の入子になっており、語り手と津村の語りがなかなか核心に至らないのは、それが到達困難な聖なるものを司るからにほかならない。作者谷崎が折重なる物語の奥に据えたもの、それは“家”であった。