ワザリング・ハイツ ~本館~

Something childish, but very natural.

パウル・ツェラン『閾から閾へ』を読む

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東日本大震災から一年、と銘打って『パウル・ツェラン詩文集』が刊行されたと知り、戦争という体験をこのように転換してとらえたりするのか、と驚いた。今の日本で戦争や内紛、テロといった非情な事象を理解しようとするならば、それは人間を無慈悲に絶望の淵へ陥れる自然災害を通してになろう。むろん両者はひとの心の悪が働いたものか否かという点で大きくちがうものではある。戦争というものを考えるとき、私たちはいまやこのような間接的な道筋でしか近づくことができない。

ましてや自分の両親を殺した人々の言語で生き、詩を書きつづけた偉大な詩人の心奥など、まるで推しはかる術がない。かつてのルーマニア、現在のウクライナの土地で生まれたツェランは7カ国語を操ったという。幼い頃に母からドイツ語を教わり、その母は強制収容所でドイツ人によって殺された。母の贈物であるドイツ語はツェランにとっての呪いの言語となる。だからこそ彼は長く沈黙せねばならなかった。ツェランが詩を書きはじめたのは30歳近くなってからである。

沈黙はツェランにとって「閾」となる。かつてあった言葉がふたたび言葉になるまでの沈黙、あるいは言葉が詩になるまでの沈黙、そこを越えなければ言葉は詩にならない。そしていつしか心には、語られなかった言葉の吹きだまりができている。無言の叫び、届かなかった言葉、拭い去られた言葉は詩人の心のうちに大切にしまわれているのだ。彼はひとつひとつの部屋を訪ね歩き、それぞれの鍵を使ってなかに入り、吹きだまりから言葉を選んで詩を書く。

入れ替わる鍵で
あなたは家のドアをあける、なかには
沈黙したまま口に出されずに終わった言葉の雪が吹き荒れている。
(「入れ替わる鍵で」)

これはもろもろの言葉たちの間を静かに進んでいった言葉。
常緑の叢や苦悩の茨にとりかこまれて、
沈黙をなぞる言葉。
(「髪房」)

「沈黙したまま口に出されずに終わった言葉」は「沈黙からの証だて」という詩でもくり返される一節である。この一節について訳者の飯吉光夫は「強制収容所の犠牲者たちの「口に出されずに終わった言葉」も、やはり夜に身を委ねて救済されることを願い、そのあと詩の言葉となって再生することを願っている」と書く。ここで言う「夜」とは、言葉が沈黙となってくぐり抜けてきた歳月であり、かつて口に出されなかった言葉が、ふたたび見出され、語られるまでに越える「閾」のことであろう。

それ、言葉だけが、失われていないものとして残りました。そうです、すべての出来事にもかかわらず。しかしその言葉にしても、みずからのあてどなさの中を、おそるべき沈黙の中を、死をもたらす弁舌の千もの闇の中を来なければなりませんでした。言葉はこれらをくぐり抜けて来て、しかも、起こったことに対しては一言も発することができないのでした、――しかし言葉はこれらの出来事の中を抜けて来たのです。抜けて来て、ふたたび明るい所に出ることができました――すべての出来事に「豊かにされて」。

(「ハンザ自由都市ブレーメン文学賞受賞の際の挨拶」)

ツェランが過去の声なき声に耳をすまし、音のない言葉を拾いあげ、彼の心身から削りだした言葉でふたたび語りなおすこと――ツェランが詩を「本質上対話的なものである」と言うのは、そのような営為を指して語った言葉であろう。彼にとって詩を書くとは、語ることのできなかった人々の言葉を後世につたえることであり、そのとき言葉にできなかった叫びを言葉にすることであり、過去の自分が語ることのできなかった言葉を語ることでもある。それがツェランにとっての“今”を語る言葉でもあるのだ。そのために必要とされた長い沈黙は、ここで言及されているように、ひとつの暗闇でもあった。

詩集の冒頭に置かれた「暗闇から暗闇へ」という詩はその意味で非常に象徴的である。口に出されずしまいこまれた言葉が表に出るまでの、言葉がくぐり抜けてきた道のりをあらわすかのようにも読める。またそれとは対照的に、終盤になると「お前も語れ」という詩が掲げられ、心の家に吹きだまった言葉の数々が、ツェランによって文字通り言葉を尽くして語られる。『閾から閾へ』とは、言葉の閾に立ちながらも、想いを言葉にできなかったひとから、言葉の閾に立って想いを言葉にする詩人へ、沈黙を通して言葉が届けられる様子を綴ったものなのであろう。

<引用文献>

Paul Celan: Selected Poems. Trans. Michael Hamburger. London: Penguin, 1996.

飯吉光夫訳『パウル・ツェラン詩文集』白水社、2019年

 

●付記

ポール・エリュアールに捧げた詩が入っていたのは、最も驚いたことのひとつ。

私が読んだのはPaul Celan: Selected Poemsで、特に『閾から閾へ』を中心に読み、Selected Poemsに収録されていない詩は翻訳版『閾から閾へ』から拾った。ほかにも『パウル・ツェラン詩文集』を読み、訳者の選んだいくつかの散文を読むことができた。講演を記録したものなどは、ツェランの謙虚の人柄と、文学に対する切実な思いを知ることのできる貴重な記録と言えるのではないか。また多和田葉子『カタコトのうわごと』にあるツェランについての論考、Paul AusterThe Art of Hunger所収"The Poetry of Exile"も参照した。思いのほかツェランの文献がまわりにあったことに驚く。
ウンガレッティもそうだが、ツェランについても研究者の功績はとても大きいと感じる。広く読まれていなくても重要な作家、文学作品は溢れるほどいるのだから、埃の積もった作品ばかりを論じるのではなく、現代の作品を扱う若い研究者が多く出てきてほしい。それが難しいことだというのは私自身が一番よくわかっているけれど。 

ウンガレッティのところでも書いたが、作家の生きた背景を知ることは、文学というものを考えるうえで本当に重要なことなのだと最近よく思う。ツェランが抱えざるをえなかった沈黙の闇を見つめるとき、彼のなかの母語をゆがめたナチスの存在を踏まえずに、彼の詩を読むことはできない。ツェランのテクストは文学的な歓びに満ちているだろうか。私には悲痛な叫びにしか聞こえてこない。読んでいて本当に苦しく、むなしさの募る言葉ばかりだ。こんな文学作品にはあまり出逢ったことがない。